導入後放棄・野生化

ヨウシュコバンノキ

ヨウシュコバンノキ Breynia disticha コミカンソウ科←トウダイグサ科*

Kobanso001                 写真上  野生化ヨウシュコバンノキ(父島) Breynia disticha

別表記;セイヨウコバンノキ Breynia nivosa*2,
           デスティカ・ロセオピクタ Breynia disticha cv. Roseopicta*3
           フィランサス・アトロパルペリウス Phyllanthus atropurpurea 西洋コバンモチ ヒランサス*4
小笠原方言;コバンソウ
・常緑低木木本1-3mH、日当たりを好み乾燥に強い。
・原産地 園芸品種*
・導入 1913(大正2)年*4。
・導入目的 鑑賞用。
・栽培 父島、母島。住宅の生垣として利用されている。
・野生化 種子繁殖し樹下に実生がみられ、栽培放棄の群れが野生化している。
・侵略性 実生は樹下に限られるようだが要観察種。

Kobanso01                 写真中  同ヨウシュコバンノキ(父島) Breynia disticha 樹下

※ 本種の学名、和名の変遷があり、又小笠原諸島にあるのは何かで混乱している。
 セイヨウコバンノキ(Breynia nivosa Small f. Roseopicta)母島稀,
 オオシマコバンノキ(Breynia rhamoides)父島導入*5
と2種あるとされる。東大、首都大のインターネット海洋島データベースを利用できない状態が続いており標本が確認できない。目に付く範囲では1種と思われる。

Kobanso02                 写真下 同ヨウシュコバンノキ(父島) Breynia disticha 実生
* 大場秀章編著(2009)植物分類表
*2 米倉浩司・梶田忠(2003-)BG Plants 和名-学名インデックス(YList)
  http://ylist.info (2016年4月19日)
*3 八丈島園芸植物図書編集委員会(2003)八丈島の園芸植物
*4 川手文(1911-15)小笠原陸産物誌植物編,東京都公文書館蔵
*5  Sumiko KOBAYASHI and Mikio ONO(1987)A Revised List of the Vascular Plants and Introduced to the Bonin(Ogasawara) and the Volcano(Kazan) Islands OGASAWARA RESEARCH 13 TOKYO METRPOLITAN UNIVERSITY

※ 学名の表示は属,種小名まで。

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キバナハギ

キバナハギ Crotalaria pallida マメ科*
別表記;Crotalaria mucronata オオミツバタヌキマメ*2, Crotalaria Saltiana*3

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写真1 キバナハギCrotalaria pallidaの葉

1年生ときに多年生*4とあるが、母島では多年生。日当たりのよい場所で小群落をつくり、開花時に黄色い花が目立つ。
・原産地 熱帯アフリカ起源らしいが*,熱帯アジア原産*4ともある。熱帯亜熱帯に分布*4。
・導入 硫黄島で1934年津山尚先生が採集*3,翌1935年小笠原諸島で採集*5も硫黄島の可能性が高い。
・導入目的 硫黄島に「薬用。茶園の緑肥。繊維から網索、粗糸」*6目的か不明。母島は鑑賞用か。

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写真2 同Crotalaria pallida花穂

・野生化 太平洋戦争以前(~1941)に硫黄島では栽培逸出していたと思われる。小笠原諸島返還後(1968~)母島で野生化した状態で長浜で採集されている*7が、太平洋戦争以前に導入栽培されていたと考えられる。

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写真3 同Crotalaria pallida
・侵略性 生育場所は限定されていたが、そこが長浜トンネルの南口になり、調査・本体工事・改修などにより北口にも拡散された。又、近年道路端草刈が頻繁になり拡散されてるようにみえた。2015年、長浜トンネル付近は見当たらず、北に離れた東港に面した箇所に小群落が見つかり駆除された。工事残土などに紛れ込んだと思われる。埋土種子による再生も考えられ要注意である。硫黄島の状況は不明。

* 清水建美編(2003)日本の帰化植物
*2 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名?学名インデックス」(YList),
http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html(2015年7月1日)
*3 東京大学総合研究博物館(2011)海洋島植物標本データベース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/spm/top.xsl (20151025)
*4 竹松哲夫・一前宣正(1993)世界の雑草2-離弁花類-
*5 奥山春季編(1977)平凡社版寺崎日本植物図譜
*6 熱帯植物研究会(1984)熱帯植物要覧,大日本山林会
*7  Sumiko KOBAYASHI and Mikio ONO(1987)A Revised List of the Vascular Plants and Introduced to the Bonin(Ogasawara) and the Volcano(Kazan) Islands, OGASAWARA RESEARCH 13, TOKYO METRPOLITAN UNIVERSITY
※ 学名の表示は属,種小名まで。

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ムラサキオモト

ムラサキオモト Tradescantia spathacea  ツユクサ科*
別表記;Rhoeo discolor, Rhoeo spathacea*,  スパタケア, ディスカラー*2,  紫万年青,  紫錦蘭(シキンラン)*3

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写真上 モクマオウ林下のムラサキオモト(父島)

 多年生草本、葉の表面は濃い緑色、裏側は紫色で葉は折れやすい。オモト(万年青)[ナギイカダ科]とは別種であるが、紫色のオモトに似たものでこの名がある。日当たりを好み乾燥に強く、周囲に拡がり群落をつくる。
・原産地 メキシコ*4, メキシコ、西インド諸島*5, 西インド諸島、メキシコ、グアテマラ*6と、メキシコだけ、メキシコとその周辺地域との説がある。
・導入 明治38年(1905)以前の移植種、移植当初の記録未発見*7とあり、移出目的ではなく公的でない父島の庭園用導入と思われる。日本へは1816年(文化13)琉球より薩摩へ渡来*8とあり、日本本土(琉球を除く)からと推定される。
・導入目的 観賞用*7, 庭園用栽培*9とある。
・野生化 1944年島民の強制疎開から栽培放棄され野生化。小笠原諸島返還後(1968~)、野生化したものを採取し栽培しているものもある(父島、母島)。

Murasakiomoto
写真中 ムラサキオモト群落(父島)

・諸島内分布 聟島、父島、母島、向島*10。父島、母島、向島*11ともあるが、聟島にも戦前*12から今も分布*13。無人島の母島列島・向島にあるのは太平洋戦争末期、旧日本軍配備と関係あるのか不明。
・侵略性 小群落を作るので排他的だが広がりは遅い。しかし最近種子繁殖している模様で要継続監視種と思われる。

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写真下 ムラサキオモト稚樹(父島)

* 米倉浩司・梶田忠(2003-)「BG Plants 和名?学名インデックス」(YList),            http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html(2014年12月29日)
*2 八丈島園芸植物図書編集委員会編(2003)八丈島の園芸植物
*3 牧野富太郎(1989)改訂増補牧野新日本植物図鑑1版
*4 E.J.H. CORNER・渡辺清彦(1969)図説熱帯植物集成
*5 植村修二ら編著(2010)日本帰化植物写真図鑑第2巻
*6 高林成年編(1991)山渓カラー名鑑観葉植物
*7 豊島恕清(1938)小笠原島の植生並熱帯有用植物に就て,農林省林業試験場
*8 磯野直秀(2012)日本博物誌総合年表,平凡社
*9 山方石之助(1906)小笠原島志
*10 和田美保・和田勉之・長島忠義(2009.3.19)小笠原植物誌
http://www.ogasawara-syokubutusi.com/index.htm
*11 豊田武司(2014)小笠原諸島固有植物ガイド
*12 東京大学総合研究博物館(2011)海洋島植物標本データベース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/spm/top.xsl
*13 清水善和(1993)小笠原諸島聟島列島の植生 駒沢地理29
※ 学名の表示は属,種小名まで。

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ゲットウ

ゲットウ Alpinia zerumbet ショウガ科*  別名; Alpinia speciosa, Alpinia schumanniana*,[漢名]月桃*2,小笠原方言ソウカ*3,ハナソウカ Alpinia zerumbet var.excelsa*4

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写真上 ゲットウ群落・聟島(列植の野生化)

  本種は「徃時」「八丈輸入」「そうか(八丈)」*5とあり、八丈島民の小笠原諸島開拓移住に伴う導入種であることは間違いない。小笠原方言「そうか」、「ソーカ」*14は八丈方言「ソーカ」*6注そのものである。
  原産地は「九州南部~琉球、インドにまで分布。」*2とされる一方、近年「八丈島・小笠原・南大東島」のものはゲットウとは別で「ハナソウカ」とされる*4,7,12,13。
多年生草本、葉は大きく、高さ2-4m、株状になり排他的にその場を占有する。ブドウ状に下がった花をつけ、目立つ。半日陰、やや湿の場所を好む。種子繁殖は確認できていないようで、「屋敷や畑の周辺に植栽、逸出、大株で旺勢に生育」*3するが隣接樹木を圧迫してまでは拡がらず、今のところ生態系に左程の驚異を与えるものではない。
 「移入当初は葉鞘や茎から繊維をとるために栽培。」*3とある。生の茎を「今でも、ビロウなどを束ねる時には二つに裂いて紐の代わりに使います。」*4
 諸島内分布は「父島、弟島、母島」*3、「聟島、媒島」*8、北硫黄島*9。
  道路沿いに丈の低い個体が散見されるのは、園芸品種キフゲットウ(A. zerumbet ex.variegata)*7の実生と思われる。
 注 江戸末期の「八丈実記」*10に陣屋内に植栽されたと思われる熊竹蘭(ルビ[ソウカ])の記事がある。八丈島には同属のアオノクマタケラン(Alpinia intermedia)*8が自生するが、これに対応する八丈方言が見当たらない*11。ソウカは江戸時代に八丈島に導入されたと思われる。

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写真下 ゲットウ群落・父島(トーチカ隠蔽用植栽の野生化?)

* 米倉浩司・梶田忠(2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList),
http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html(2014年9月21日)
*2 牧野富太郎(1979)牧野新日本植物図鑑35版
*3 豊田武司編著(2003)小笠原植物図譜増補改訂版
*4 和田美保・和田勉之・長島忠義(2009.3.19)小笠原植物誌
http://www.ogasawara-syokubutusi.com/index.htm
*5 川手文(1911-15)小笠原陸産物誌植物編,東京都公文書館蔵
*6 浅沼良次(1999)八丈島の方言辞典
*7 八丈島園芸植物図書編集委員会編(2003)八丈島の園芸植物
*8 首都大学東京・牧野標本館(2010)海洋島植物標本データベース
http://wwwmakdb.shizen.se.tmu.ac.jp/makino/home.php
*9 東京大学総合研究博物館(2011)海洋島植物標本データベース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/spm/top.xsl
*10 近藤富蔵著・八丈実記刊行会編(1964)八丈実記第1巻,活字本
*11 葛西重雄(1968)八丈島動植物総目録
*12 東京都総務局小笠原支庁産業課小笠原亜熱帯農業センター(2005)平成15年度試験成績書)付植物目録)
*13 船越英伸(2002)熱帯動植物友の会会報 No.112,Jan.
*14 ダニエル・ロング、橋本直幸編(2005)小笠原ことばしゃべる辞典,注2
注2 「ソーカ」関連漢字[草果]としているが「装荷」ではないかと思われる。
※ 学名の表示は属,種小名まで。

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トゲヨルガオ

トゲヨルガオ Ipomoea alba L. ヒルガオ科*  別名,ヨルガオ,ユウガオ  Calonyction aculeatum (L.) House*
Togeyorugao20131223 サツマイモ属の分類は難しく見解が分かれる。ハリアサガオ(トゲヨルガオ) Calonyction muricatum (Linn.) G. Don, Ipomoea muricata (L.) jacq.*2, ヨルガオ  Calonyction aculeatum*3などがある。
 つる性草本、白花。本種は太平洋戦争以前に導入されたものであることは確かである。「ヨルガオ(イウガホ)熱帯亜米利加」原産*4が学名の記載は無いが本種とすると、時期は早くても大正期(1912~)、遅ければ昭和初期(1926~)であろう。鑑賞用に父島に導入された*4。太平洋戦争後、無人状態時に野生化し、小笠原諸島返還後の調査で「北袋沢の八瀬川に沿う水田跡はシュロガヤツリとトゲヨルガオで一面に覆われていて」*5と戦前の様子を知る津山 尚先生を驚かせている。日本では「小笠原にのみ帰化」*6とされる。本州、四国、九州、琉球で逸出帰化との見解もある*7。
写真上 トゲヨルガオ(父島北袋沢・小港駐車場脇)

Togeyorugao20130105 本種は湿地を好み、北袋沢[きたふくろざわ]、大滝[おおたき]の河川沿いに繁茂していたが、開発が進むとともに衰退した。しかし、近年北袋沢の山際、河川土砂が持ち込まれたと思われる洲崎[すさき]残土置場で広がり、本種同士や工作物に絡まったり、他の木本にマント状に拡がって、昼間から白い花を咲かせている。
 河川付近の湿地を好むことから、本種は河川敷とその周辺の自然再生に脅威となる種である。



写真中 枯れた本種のつるに絡み登るトゲヨルガオ(同)

Togeyorugao20131223_1

写真下タコノキに絡み覆っている トゲヨルガオ(同)
* 米倉浩司・梶田忠(2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList),
http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html(2014年4月11日)
*2 清水建美編著(2003)日本の帰化植物
*3 豊田武司編著(2003)小笠原植物図譜増補改訂版
*4 豊島恕清(1938)小笠原島の植生並熱帯有用植物に就て,農林省林業試験場
*5 津山 尚(1970)小笠原の自然・解説編,廣川書店
*6 榎本 敬(1993)小笠原諸島、父島・母島の雑草と帰化植物,小笠原研究年報16
*7 太刀掛 優・中村慎吾編(2007)改訂増補帰化植物便覧
注 学名の表示は属,種小名まで。

 

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ローレルカズラ

ローレルカズラ Thunbergia laurifolia キツネノマゴ科  別名ゲッケイカズラ*
Rorerukazura20130919_03
 ビルマ~マレー半島原産*2。本土には大正初期渡来*3、小笠原諸島・父島には1909年(明治42)輸入*4とあり、ほぼ同時期と思われる。川手は「ツンベルギヤ,Thunbergia laurifolia,爵状科」と属名を種名とし、未だ和名が命名されていなかったことを示唆している。属の和名は「ヤハズカズラ」属である*5。又水彩画は川手(K.K.)でなく別人(H,O,)氏が描いている*6。川手は「鑑賞植物類」の項に本種を入れており「挿条ニヨリ能ク活着ス」とし種子については記載が無い。導入目的を「ヤハズカズラと同様養蜂用」*7とあるが疑問が残る。仮に導入目的がそうだとしてもセイヨウミツバチの採蜜に役だったのか。

写真上はローレルカズラ花(父島・宮之浜道,NTT奥)

 1934年、父島・清瀬で採集された標本がある*8が、太平洋戦争の戦後(1945~)放置により野生化したと思われる。
Rorerukazura20130928_02 つる植物で木本*7,藤本9とあるが多年生草本*3で基部が木化している。日当たりの良い林縁の樹木に巻きついてマント状に覆い勢力を拡げ一度出来た群落には他種が進入できず侵略性はやや高い。

写真中上は同葉(同)

 つる植物で木本*7,藤本9とあるが多年生草本*3で基部が木化している。日当たりの良い林縁の樹木に巻きついてマント状に覆い勢力を拡げ一度出来た群落には他種が進入できず侵略性はやや高い。

Rorerukazura20130928_05

写真中下はギンネム(Leucaena leucocephala)に巻きつく同(同)

 父島都道湾岸通り吹上谷・二業地[にぎょうち]の群落がよく目につく*7,10が、宮之浜道・NTT奥でも拡がっている。「小中学校の石垣に被覆させ、緑化樹として利用」*7されていたが、支柱竹とともに台風で剥がれ道路に倒れるので、撤去され今は利用されていない。

Rorerukazura20130928_2
写真下上は同マント状を内側から見る(同)

* 米倉浩司・梶田忠(2003-)「BG Plants 和名?学名インデックス」(YList),
http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html  (2013年9月26日)
*2 堀田満ら編(1989)世界有用植物事典
*3 奥山春季編(1977)平凡社版寺崎日本植物図譜
*4 川手文(1911-15)小笠原陸産物誌植物編,東京都公文書館蔵(DVD請求番号 KI0001)
*5 邑田 仁・米倉浩司(2009)高等植物分類表
*6 延島冬生ら未発表
*7 豊田武司編著(2003)小笠原植物図譜増補改訂版
*8 東京大学総合研究博物館(2011)海洋島植物標本データベース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/spm/top.xsl
*9 E.J.H. CORNER・渡辺清彦(1969)図説熱帯植物集成
*10 和田美保・和田勉之・長島忠義(2009.3.19)小笠原植物誌
 http://www.ogasawara-syokubutusi.com/index.htm

Rorerukazara20130919

写真下下は同群落(同)

注 学名の表示は属,種小名まで。

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シュクシャ

シュクシャ Hedychium coronarium ショウガ科*  漢字表記;縮砂*1 別名ハナシュクシャ*2 小笠原母島方言ジンジャー?

Shukusha20090922写真上はシュクシャ(父島)

 インド~インドシナ半島原産*3。本土には幕末渡来、鑑賞用*4。小笠原諸島には1907年本土で栽培していたものを導入したと思われる。小笠原陸産物誌植物編*5に「ハナメウガ Jingiber」の記述と2枚の水彩画があり、これをシュクシャと判断した*6。当資料に「輸入」とあるが他の文献でも明治大正期には「輸入、輸出」は小笠原諸島と本土間の物の移動に使われており、言葉の古い意味*7にもあり由来は外国ではなく本土からと考えられる。一度だけでなく、その後も導入されたと思われるが不明。

Shukusha20121023写真中はシュクシャ群落(父島)

 戦前の栽培種が野生化し、高さ1.5m程度で株をなし樹冠が開け明るい方面に広がっている。父島中央山の群落が花もよく見られ知られている*8,9。父島のみ分布*10とするものが多いが、母島でも戦後野生化し船木山・玉川ダム湖畔にあったが堤体嵩上げて消滅した。が一部上流に残っている*11。

 父島の「林縁のやや湿った場所」*9に生育しているが、「育てやすく繁殖力も旺盛」*12で株立ちして群落をつくり排他的で他種の進入ができない。遊歩道沿いの低地に三日月形に密集し規模は南北方面に約24m、西方に8.6mで、西側林内のギャップに侵出しており、遊歩道沿いには北方に直線状に43.6m程伸び、遊歩道東側にも侵出している*13。母島では野生化は沢の流路沿いのミズイモ(Colocasia esculenta)*14を圧迫衰退させ拡がっている。
 シュクシャのそばに台風や冬の強風などでギャップができると勢力を拡げ一度出来た群落には他種が進入できないので侵略性は高い。
Shukushahahajima197812
写真下は玉川ダム湖畔にあったシュクシャ(母島)

* 小笠原野生生物研究会(2002)小笠原の植物フィールドガイド
*1 牧野富太郎(1940)牧野日本植物図鑑(復刻版牧野日本植物図鑑(1977))「はなめうが」の説明文中。
*2 植村修二ら編著(2010)日本帰化植物写真図鑑第2巻
*3 堀田満ら編(1989)世界有用植物事典
*4 奥山春季編(1977)平凡社版寺崎日本植物図譜
*5 川手文(1911-15)小笠原陸産物誌植物編,東京都公文書館蔵(DVD請求番号 KI0001)
*6 延島冬生ら未発表
*7 日本大辞典刊行会編(1981)日本国語大辞典縮刷版第1版,小学館では"輸入"の「見出し」で「語釈」は“運び入れること。”の意で古くは使われていたとしている。
*8 首都大学東京・牧野標本館(2010)海洋島植物標本データベース
http://wwwmakdb.shizen.se.tmu.ac.jp/makino/home.php
*9 東京大学総合研究博物館(2011)海洋島植物標本データベース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/spm/top.xsl
*10 長島忠義・和田美保(2009.3.19)小笠原植物誌
 http://www.ogasawara-syokubutusi.com/index.htm
*11 無署名(2013収集)船木山の滝遊歩道 A4判縦両面印刷、母島船客待合所配備観光ガイドチラシ
*12 海洋博覧会記念公園財団編(1997)沖縄の都市緑化植物図鑑
*13 延島冬生未発表
*14 小笠原諸島の外来植物
 http://boninintroplant.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-0806.html

注 学名の表示は属,種小名まで。

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ホテイチク

ホテイチク Phyllostachys aurea  イネ科*
Hoteitiku20130207
 中国原産、日本でも広く栽培*。
 高さ2-5m,基部の節間が圧縮された奇形となり、和名「布袋竹」の由来である*2。小笠原諸島のものは圧縮が足らず、「布袋腹」が分かりにくい。小笠原諸島導入時期は、太平洋戦争以前の文献記載は1938年*3と遅いが、内地(八丈島を含む)から導入されたものは記載されていないものが多く時期は不明である。父島大神宮山に広く群落をなしているが、南面(二見湾側)は太平洋戦争前は無かった、テンノミ(テンノウメの実)採りに子供が登っていて、軍(旧日本軍)のトーチカ作りで偽装に使ったのではと伝えられている。偽装用に移植された箇所では表土の薄い矮性乾性低木林のテンノウメ等を駆逐して広がったと思われるが、シャリンバイ等の低木林内には侵入出来なかったようで拡大は限定的である。侵略性は局地的には大であるが、他所に分布を広げるのは人為に頼らざるを得ず、小である。

写真上は群落(宮之浜道側)

Hoteitiku20090405
写真中は和名の由来である基部の節間

* 神奈川県植物誌調査会編(2001)神奈川県植物誌2001
*2 牧野富太郎(1979)牧野新日本植物図鑑35版
*3 豊島恕清(1938)小笠原島の植生並熱帯有用植物に就て,農林省林業試験場

写真下は筍、食用になる

Hoteitiku20120501





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ダンチク

ダンチク Arundo donax イネ科*  ヨシ(父島方言)
Dantiku20120108_02


 本州(関東以西)、四国、九州、琉球、台湾、インドその他熱帯アジア各地に分布*。
高さ2-3m,太さ2-3cm。小笠原に分布*2,3とあるが自生種ではない。外来種*4,5とする見解が妥当であろう。自生種とすると現状は野生絶滅ということになろう。太平洋戦争以前の文献に記載が見当たらないが内地(八丈島を含む)から導入されたものは記載されていないものが多く、明治中期までには導入されたと推定される。戦前の標本は1935/11/17採集者津山 尚、採集地大滝がある*6。分布は父島に限られ*7、「巽谷のダンチク」*5以外に長谷、扇浦、長崎などにあり小群落となるが広がりを見せない。群落は維持されて排他的であるが、それ以上は広がらないようで侵略性は小。ヨシと島で呼ばれているが折れやすく、短いのでさほど利用されなかったようである。「サトウキビ」の写真*5は本種と思われる。

写真上は穂と葉など

Dantiku20120108



写真下は群落

* 長田武正(1994)増補日本イネ科植物図譜 増補第2刷
*2 大井次三郎(1982)イネ科,佐竹義輔ら編著;日本の野生植物草本1単子葉類
*3 神奈川県植物誌調査会編(2001)神奈川県植物誌2001
*4 津山 尚(1970)小笠原諸島の植物,続小笠原諸島自然景観調査報告書,東京都
*5 豊田武司編著(2003)小笠原植物図譜増補改訂版
*6 東京大学総合研究博物館植物標本室
海洋島植物標本データベース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/spm/top.xsl
*7 S.KOBAYASHI・M.ONO(1987)A Revised List of the Vascular Plants and Introduced to the Bonin(Ogasawara) and the Volcano(Kazan) Islands. Ogasawara Research13

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ミズイモ

ミズイモ Colocasia esculenta サトイモ科*  水芋 タロー  タロイモ カワイモ

Mizuimo20111002


 サトイモ(里芋)の一品種、インド東部~インドシナ半島原産*。「みずいも 天南星 Colocasia タロー 一種のさといも…輸入経路名称等を詳らかにせざる」*2とし小笠原島物産誌略*3の文言だけを転記している。小笠原島物産誌略では「ゴアム嶋ヨリ来ルナラント云フ」(ママ)、「小笠原土人ハ此種其初三維群島ヨリ種ヲ得テ植ソメケルト云フ」(ママ)とグアム島とハワイ諸島の両来歴説をあげている。
 当時島に伝わる紫茎と青茎の2種の「真形」が描かれている。芋を食用として導入、小川、湿地に栽培されたようである。移住した日本人も好み、紫茎の芋付近の葉柄はずいきとして味噌汁の実ともされた。子芋を株の周りに付けるものと匍匐枝が発達するものがある。川手の時代に既に野生化していたようである。小笠原諸島返還後も野生化したものが採取され、又シマクワズイモ(Alocasia cucullata)等に圧迫され減少している。侵略性はない。

写真はシマクワズイモに囲まれてるミズイモ(父島)

* 堀田満ら編(1989)世界有用植物事典
*2 川手 文(1911-15)小笠原陸産物誌植物編,東京都公文書館蔵
*3 曲直瀬 愛(1883)小笠原島物産誌略,小笠原村教育委員会蔵

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